三次義士祭、忠臣蔵を思わせる四十七士パレード

忠臣蔵 で有名な 大石内蔵助(おおいし くらのすけ)以下、赤穂浪士47人(四十七士)に扮してパレードや法要を行う 三次義士祭(みよし ぎしさい)が 三次市三次町 鳳源寺にて行われました。イベントの様子はこちらから

忠臣蔵 で有名な 大石内蔵助(おおいし くらのすけ)以下、赤穂浪士47人(四十七士)に扮してパレードや法要を行う 三次義士祭(みよし ぎしさい)が 広島県三次市三次町の 鳳源寺にて行われました。

三次義士祭、忠臣蔵を思わせる四十七士パレード

三次義士祭のメイン会場となる鳳源寺では 大石内蔵助と浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の正室、阿久利姫(後の瑤泉院 ようぜんいん)に扮した人を先頭に陣羽織をまとった義士たちが続々と続きます。

瑤泉院 画像

三次義士祭のパレード(義士行列)はあの有名な「忠臣蔵」をイメージさせるもの。

忠臣蔵とは
江戸城松の廊下で吉良上野介に切りつけた浅野内匠頭は切腹、浅野家はお取り潰しとなる。その家臣大石内蔵助たちは吉良を主君内匠頭の仇とし、最後は四十七人で本所の吉良邸に討入り吉良を討つ。これを元禄赤穂事件と呼び、題材にした話。
via. 仮名手本忠臣蔵/Wikipedia

登場するや 瑤泉院さんは短歌を詠み、祭りはいよいよスタート。”皆様の協力のもと、仇討ちをすることができました”と亡き夫に代わり感謝し、一行は法要を執り行うため「義士堂」前へ移動します。(瑤泉院役の方のナリキリ度がすごい。)

彼らの勇姿をとらえようと、行く先々には報道陣も含めカメラがいっぱい!移動するのも一苦労です。

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三次義士祭 パレードや法要の様子

三次義士祭の様子、まずは動画でご覧ください。

三次義士祭 の様子(動画)
Youtubeチャンネル

三次市は浅野内匠頭の正室、阿久利姫(後の瑤泉院 ようぜんいん)の故郷であり、浅野藩の初代藩主の浅野長治がこの鳳源寺を建立したという縁があり、三次義士祭は毎年12月にこの鳳源寺で開催されています。

三次義士祭 画像1

三次義士祭 画像2

三次義士祭 画像4
(階段をのぼって義士堂へ)

鳳源寺内にある「義士堂」には四十七士の姿を模した木像がズラっと並んでいて、屋根部分も特徴的!ここの広場で法要が行われました。

三次 義士堂

これが終わると 四十七士たちはしばしの休憩。お寺の境内では、お茶席などの催しがありました。

三次義士祭 出店

三次義士祭 画像6

お昼すぎ、浅野内匠頭と瑤泉院は四十七士を従えてこの鳳源寺を出て、太歳町、栄町、胡町、本通商店街などを練り歩きます。

三次義士祭 画像8

三次義士祭 画像3

特に三次町本通商店街は石畳で昔の雰囲気が残る町並みのため ここを通ると絵になりますね。

鳳源寺には「浅野内匠頭が手植えした」と言われるシダレザクラが春に咲き、秋には紅葉も美しい場所です(12月はもう落ち葉でした)。

あの有名な忠臣蔵(元禄赤穂事件をモデルにした作品)に縁ある人物が三次出身だなんて…広島県は奥が深い。忠臣蔵はよく年末のスペシャルドラマになったり 映画化されていますが、ついにはハリウッド版も2013年12月に公開されました。縁の地である三次にも海外からのお客様も増えるかもしれませんね。

浅野内匠頭 像の画像

瑤泉院 像の画像

▼阿久利姫

元禄赤穂事件で知られる赤穂藩主浅野長矩の妻。名は阿久里(あぐり)。夫の死後、落飾して瑤泉院と称した。
元禄14年3月14日(1701年4月21日)、長矩が江戸城殿中で高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及ぶと、殿中抜刀の罪により即日切腹、赤穂藩は改易となる。阿久里は16日には赤坂にある実家の三次浅野家下屋敷に引き取られ、落飾して夫の菩提(ぼだい)を弔った。
via. youzennin47ronin/Facebook page
三次義士祭
開催日毎年12月初旬頃(2013年は12月8日開催)
会場鳳源寺をメインに、三次町などを練り歩きも
住所広島県三次市三次町1057[地図で場所を確認する
時間11時から15時(※年によって変更になる場合があります。)
駐車場※祭り開催時は鳳源寺周辺に臨時駐車場設置あり

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edit 『 三次市 スポット 観光 』の一覧

( 記事: 伊藤 みさ )

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