三国連太郎 死去、90歳 急性心不全で

三国連太郎(みくにれんたろう)さんが2013年4月14日の朝9時、死去されました。死因は急性心不全。三国連太郎(本名:佐藤政雄)は俳優・佐藤浩市の父。映画 釣りバカ日誌のスーさんとしても馴染み深く…

三国連太郎(みくにれんたろう)さんが2013年4月14日の朝9時、死去されました。三国連太郎(本名:佐藤政雄)は俳優・佐藤浩市の父。映画 釣りバカ日誌のスーさんとしても長く活躍された三国さんは、

ビルマの竪琴や犬神家の一族など、170本以上の作品に出演し、ブルーリボン賞やカンヌ国際映画祭審査員特別賞なども受賞している名俳優でした。

三国連太郎 死去、90歳 急性心不全で
photo by 怪優伝―三國連太郎・死ぬまで演じつづけること

三国連太郎さんの死因は急性心不全だったようで、東京都稲城市の病院で死去されたとのこと。ご冥福を心よりお祈りいたします。

三国連太郎 プロフィール

三國連太郎(みくにれんたろう)
1923年1月20日生まれ、本名は佐藤政雄(さとうまさお)。群馬県太田市生まれで、身長181cm。日本映画界を代表する演技派俳優であり大名優、演技上での伝説エピソードは数多く存在し、25度以上の演技賞獲得の受賞履歴がその事実を物語っている。

結婚を4度経験。俳優の佐藤浩市は3番目の妻との間にできた息子である。その他にも太地喜和子、石田えりといった女優とのロマンスも取り沙汰された。

1951年に「善魔」で俳優デビューし、ブルーリボン賞新人賞。1960年「大いなる旅路」で最初の主演男優賞(ブルーリボン賞)。フリーとなった1965年「飢餓海峡」の演技が各方面で絶賛される。

1979年「復讐するは我にあり」でブルーリボン賞助演男優賞。1982年に脚本、監督、出演「親鸞・白い道」がカンヌ国際映画祭審査員特別賞。

その他に「利休」「ビルマの竪琴」「犬神家の一族」「八甲田山」「野性の証明」「大河の一滴」「釣りバカ日誌」など映画出演作は170本以上にのぼる。

三国連太郎 wikipedia
三國連太郎さん死去、90歳 - 時事通信

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( 記事: Mika Itoh )

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