爆心地(1945年8月6日・広島)

1945年8月6日、世界初使用された原爆の爆心地は、原爆ドーム(当時の広島県産業奨励館)近くにあった島病院。約600m上空で炸裂したことが現地の原爆被災説明板に掲載されている。

人類史上初めて使用された原子爆弾が投下された広島市の爆心地は、このモニュメント(原爆被災説明板)が設置されている場所に当時あった島病院の上空約600mでした。

爆心地(1945年・広島)
写真:現地点から見た北方の惨状 / 1945年11月 米軍撮影

この原子爆弾を投下したのは、テニアン島(マリアナ諸島)から飛来した米軍機 B-29「エノラ・ゲイ号」。1945年(昭和20年)8月6日の午前8時15分のことでした。

爆心地(1945年8月6日・広島)

1945年8月6日 広島の爆心地

爆心直下となったこの一帯は、約3000~4000度の熱線と爆風・放射線をうけ、この場にいたほとんどの人々が瞬時に命を奪われました。

原爆の投下目標になっていた「相生橋」

「広島の被爆の歴史」では、その惨禍を伝える負の遺産であり恒久平和への願いの象徴になっている世界文化遺産の「原爆ドーム」が有名ですが、

エノラ・ゲイ号が原子爆弾の投下目標にしたとされる建物は、原爆ドーム(当時の広島県産業奨励館)ではなく、そのすぐそばに架かっている「相生橋」でした。

広島の原子爆弾の投下目標になった相生橋

相生橋は全国的にも珍しいT字型の橋であったため、上空からも確認しやすかったと言われています。

爆心地・島病院(原爆被災説明板)


爆心地 広島市中区大手町1丁目5-25(当時の住所は広島市細工町29-2)
建物 島病院 上空
(被爆当時の病院名は「島病院」だったが、1990年代に「島外科」になり、2009年から「島外科内科」、2017年から「島内科医院」と度々病院名が変わっている)
解説 現地説明板内容および広島平和記念資料館 資料より
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2020.07.03 [writer]Mika Itoh


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