清盛塚、音戸の瀬戸を開削した平清盛の歴史の足跡と「日招き伝説」
広島県呉市にある平清盛が切り開いた海峡「音戸の瀬戸」のそばに、清盛塚があります。ここは、音戸の瀬戸の歴史や清盛の伝説などを感じられる場所。
広島県呉市の本土側と倉橋島の間にある海峡のことを「音戸の瀬戸」と呼ばれていますが、この海峡は平清盛が切り開いた海峡として知られています。
潮の流れが早く、岩礁もあるこの場所の開削は難しいと言われていましたが、これを「1日で切り開いた」と伝えられる平清盛を称え 供養の為に、音戸大橋のたもとに清盛塚が建立されています。
清盛塚 - 呉市音戸町
音戸の瀬戸は長さおよそ800m、幅は一番狭い部分で70mというとても狭く、潮の流れが早い海峡。
音戸の瀬戸が開削されていた当時、難工事や大工事を行う時に、生きた人間を神へ捧げて神の加護を得るために人柱(ひとばしら)をたてて工事の完成を祈願していたと言われていますが、
平清盛は人命を尊重するため、お経を一字一石 心を込め書き記し、それを海に沈めることで人柱に代えて祈願したと伝えられています。
沈もうとする太陽を呼び戻した!?平清盛の「日招き伝説」
音戸の瀬戸潮の流れが早すぎる為、開削工事は引き潮を待って行われました。
工事はその日に完成させる必要がありましたが、ついに夕日が西の空に傾き、いよいよ足もとも暗くなってしまう。平清盛は、居ても立ってもいられず山に登って、
今にも沈みそうな太陽に金の扇をかざして 太陽を呼び戻した という説もあるとか。
音戸の瀬戸公園にある、平清盛 日招像
努力の甲斐あって、見事その日のうちに開削工事は終了。そんな「人の命を尊び、音戸の瀬戸の開削を成功させた」という平清盛を称えたのが「清盛塚」です。
ちなみに 呉市 音戸大橋の袂で5年に1度開催されている「音戸清盛祭」は、平清盛にまつわる催しがあり。歌に併せて土砂を掘ったり、運ぶ動作をして道中を練り歩くパレードなどが行われています。
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